ベガ

なんということ!

この二週間、腰痛とそれに伴って起きた大臀筋の激痛で薬の服用を余儀なくされ、以前から副作用があって合わない痛み止めの薬を飲み続けて、痛みがなんとか楽になったのですが、昨日、一ヶ月に一度の血液検査の結果、肝機能の値が病気の時に戻っていると先生に言われてしまいました。

痛み止めの薬、いつも顔が腫れるとか、気持ちが悪くなるとか、副作用が出ていたのですが、痛みに耐えられなくて、病院からの処方だからと飲んでました。

その薬はよく理解できてないですが、肝臓を通して痛みを軽減させるんだそうです。だいたい私は薬の副作用の多い身体で、他の薬でも急性肝炎を引き起こしたことがあります。

そうなると、これからは痛み止めは座薬しか使えないと薬剤師さんに言われました。けど、息子が調べてくれて、それもダメなんだそうです。

まあ今回の症状は薬をやめれば、値は下がるので良いのですが、これからは腰痛を起こさないようにするしかないです。パソコンに向かう姿勢とか、休まないでずっと座り続けることとか、意外とそんなところに腰を痛める要因もありそうです。

早寝早起きかなあ?できなさそうだけど。。。

検査結果ではあまり凹まないけど。激痛になるまで自分の身体を痛みつけてはいけないと反省中です。

どんな人かなあ?

昨晩、電話が「先日の機の件で。。。」と。Oさんから。

w(私)「どんな方ですか」

O「20代の後半で週に一回、O大学に教えに行ってます」

w「やる気の方みたいね。良いですよ!」

私の持っている竪機の行き先が決まりました。大きめの綴れを織るために購入した機ですが、そろそろ大きな作品を織る体力がなくなったのと、私がこれから織ろうと思っている織りでは竪機が活躍することはないと判断した日から、Oさんに機が欲しい人を探してもらってました。

これも捨てる作業の一つです。こうして私の手を離れて、やる気の人の手に渡る。嬉しいです。

この機でどんな作品が生まれるのかと思うとわくわくします。

捨てる話

この頃、家の中の整理をしている。兵庫県の但馬地方から浜松に移って、浜松にいることが長くなって3年、こちらでの役目も終わって、そろそろ但馬に帰ろうと思っています。

たまたま千代里さんの『捨てれば入る福ふくそうじ』と近藤麻理恵さんの『人生がときめく片付けの魔法』を読み、そうか!掃除と捨てる作業はシンプル人生のはじまりかと。ときめきをポイントにする捨て方!でした。

が、まだまだ人生という道の先が続いている若いお二人とは少し違う。ある日、突然、その道の先が見え、限りある人生を実感した、その瞬間からの捨てる作業はもっと潔くないと。

長く生きたら、その分だけ、ものも増えます。けど、人生の最期は生まれた時と同じで何も持たずにこの世から消えていくわけです。それまでに自分のものは自分でお別れしないといけない。何も持たずに生まれてきたのだから、真っ白で良いと。

私の母は93歳になります。今は自室があるホームのケアセンターに居ます。自分の身の回りのことはできますが、夜中のトイレに行く時にぼおっとしていて、転んだりするので自室で一人で暮らすことはできないのです。けど、センターに居ると笑顔が暗い、時々、自分の部屋に帰ると別人のようにいい笑い顔になります。自分の居所って、過去に繋がる場であり、ほっとして存在を実感する場なんでしょうね。

良い笑顔でしょう。このままで居てほしいですが。。。母に内緒で公開!(後悔するかなあ?)

自分の家で家族が最期まで看取ってくれる人はそのまま幸せでしょう。けど、最期は病室だったり、施設だったりすることが普通なのかも。そんな時にボケてしまうと言いますね。

だからこそ自分のものや場に固執しないでお別れする必要があるとつくづく思います。捨てるということは心に残すことだと思ってます。その心に残したものも昇華させないと。。。真っ白になれたら、どこでも笑い顔でいられるように思うのです。

そんな終着点に向かって、捨てる作業してます。カチカチとこだわっているわけではなくて、楽しみながらですよ。なかなか捗らないけど。。。溜め込んでいたから。

それはけっして後ろ向きに生きることではなくて、どんどん前に進み、いろいろ吸収し人生を謳歌しながらです。ときめきながら、捨てていくんです!!

 

川島テキスタイルスクールで

新幹線に乗っています。京都〜浜松
川島テキスタイルスクールに行って、英語で書いてあって織り方が解らない技法を教えてもらうつもりでした。

どうしたことか?お尻の筋肉痛で立ちあがることもままならなくなってしまったのです。身体が資本なので諦めて帰ることにしました。

このところ、どうも身体と気持ちがチグハグしていて上手くバランス取れない。
病後の立ち上がりを焦っているのかもしれない。10月は充分、休養しようと決めた。

川島テキスタイルスクールは大学の三年目にちょっと立ち止まって、デザインのことなどを勉強しようと当時「ウイークエンドスクール」という講座を受けることにしたのが最初の受講でした。

講師の石崎朝子先生、故磯邉晴美先生に初めてお会いし、そのテキスタイルに対する真摯な姿勢に感動したことを思い出します。この時の内容は☆デザインの発想☆色彩☆組織素材☆インテリア・服飾でした。

最初が「デザインの発想」でした。大学で作品を作る=何かを表現するということの難しさで悩んでいた時期でした。行き詰まって川島テキスタイルに行ったとも言えるのですが。。。ドローイングから入って、描いたものを切り取る。新鮮でした。その他の講義内容も楽しく、風景をスケッチすることに抵抗がなくなりました。

それ以来、時々、川島テキスタイルスクールに通うようになりました。染色は堀勝先生に、綴れは中崎明美先生に指導していただきました。今も時々、教えていただいてます。石崎先生は退職され、磯邉先生は亡くなられてしまいました。寂しくなりましたが。

よろしくお願いします

ブログを始めたいと思ってから、一年経ちました。

モモンガさんに手伝っていただいて、今まで非公開で準備してましたが10/11の大安に公開することにします。

何を話したいの?という自分への問いから始まって、一年間。その間に病気になり、食事療法で5kg痩せて、一時はやる気もなくなってました。今は正常に戻りました。やる気もなんとか戻りつつあります。

もともと書くのが好きなのです。織りをし始めた頃に「夢紡ぎ」という同じネーミングでHPを立ち上げた時期があります。大学に入って、更新できなくなって閉じてしまいました。

孫におばあちゃん!と言われるようになったけど、もう一度、挑戦します。

大学に入って、染織の友人が増えました。卒業したけど、みんな発表の場がないのです。そんな発表の場を作りたいと予々思っていました。けど、ギャラリーをやるほどのエネルギーがもうないのでせめてネットで紹介したいとも思ってます。

ここでは日々感じること、今やっていること、昔のこと、そんなことを語っていきたいと思ってます。9月から書き始めました。

まだ内容が少ないですがこれからぼちぼち書いていきますので。

「夢つむぎ」よろしくお願いします!

「花挿しに囁く展」

今年も林秀行先生の個展が日本橋高島屋の隣の壺中居でありました。行ってきました。毎回、いつも人の絶えない個展です。先生のお人柄に集まった知らない者同士、先生との意義ある会話を楽しみました。2011/10/3~10/8

私「今は便利になって、植物染料でも材料の植物を煮出さないで、すでに煮出した液を染料屋で売っているんですよ」林先生「釉薬でも土でも調合されたものを使ったりするようになってる。土を採集してくるところからとは言わないけど、どんな土が合っているのか、自分の土にする工夫、捏ねて作っていくことが大事なんだと思う。」

私は最近、台所のIHで染めをする。便利なのが炎がないから、糸が焦げるという心配しないでいられる。けど、炎での微妙な調整がないのが良いのかどうか?という疑問を話すと林先生が全くそういう経験がないのではなく、よく知ってる上でなのでいいんじゃないかと言われた。

何でも便利になって面倒なことを省き、手軽に染めたりできるようになった。そういう商品が開発されていく。アートもそういう時代になったわけで、誰でもそこそこ上手くいける。それが本当に良いのかという問いかけをされている。先生の場合は陶芸なんだけど、どの分野も同じで、自分で一から作り上げていくことから見えてくるものにこそ、自分を成長させるものがある。そんな思いを強くした。

そんな話題などなど、なにげない話の中にピン!と感じるものがいつもある。けっして上から意見を言われるわけではなくて、誰もとも同じ高さにあって、分け隔てなく、そこに集まったもの全員と楽しい会話なんです。

林先生って、ほんとうに素晴らしい方です。造形大で陶芸を学ばれた方々が羨ましいです。

 

ぎっくり腰で

今日の浜松は快晴!

もう一週間も腰が痛くて、何もできない。
今日はすこし良くなったのでブログを進めようかと。

この一週間、何もしないで寝ていた。食事は簡単に作ったけど。食っちゃ寝で少し太ってきた。それだけが嬉しい結果である。

何にもしないって、ストレスにはならない。あれもこれもと手を出すクセが抑えられたのは私にとっては良いことなのだが。まったく、よく寝られるものだと感心しながら、寝るきゃないから。というよりも腰が痛いのに織りもできなければ、パソコンも打てない。

うーん|また痛くなった。このパソコンの姿勢が良くないのだろう。

ということで中断を余儀なく。。。

そして今日も暮れた。

病院の待合室で

少し前のこと、三ヶ月に一度の内科受診。
三ヶ月も前の予約で、その後、家族旅行を組んだ時はすっかり忘れてました。旅行中の予約だった。あらら、薬が足りなくなるかもで予約なしの受診となりました。

予約なしは予約の間に入れられるので待つこと3時間弱でした。
待たされるのを承知なので、小さな綴れをしたり、ネットを覗いたりして、ついでに昼食も食堂で済ませて。。。

綴れを織っていると「何をしてるのですか?」と声がかかりました。
「綴れをいう織物なんです。今は織り方をいろいろ試してしているところです」と私。
「うちの母も機織りしていたんですよ。けど、火事で燃えてしまって。いいですね〜。織り!」と
「そうなんですか?。。。」と話してるうちに、
「教えていただけるのですか?私、仕事で洋裁のお店していたんです。病気になってしまってやめたのです。でもこういう手軽にできるのだったら、やれるかも。電話番号教えてください。」と言われました。手仕事が好きな人なんだろうなって。

「いいですよ!もしも、本当にその気になったら、どうぞ!」って。

今朝、電話が鳴って「あの〜、遠州病院で織りのこと…」
「はい。覚えてますよ」
「教えていただけるか?」
「はい。基本的にはOKです」
ということになりました。久しぶりに教えることになりました。

 

嬉しい餌付け

オーストラリアのクイーンズランド州のスプリングブルック国立公園では野生の鳥に餌付けができます。今回、集まってきた鳥はアカクサインコ、30羽ほどが群れでエサ場に来てました。

エサを手のひらのせると飛び乗ってきました。手に乗るとしっかりと脚で手のひらを掴むので慌てて手を引っ込めてしまいましたが、手を差し出すとすぐに手に乗ってきます。

赤くて綺麗な鳥。みんな嬉しくなってしまって。。。何度も何度も。

この鳥はフヨウチョウです。アカクサインコよりは小さく、手に乗ることはないようでした。人やアカクサインコいない時にやってきてエサをついばんでます。すぐにアカクサインコに追い出されてしいましたが。

昼食は素敵なレストランでした。食後、庭を散歩するとそこには日本では見たことがない鳥がいました。もちろん野生ですから、近づくと少し向こうに飛んでしまいます。

下のはカササギフエガラスです。向こうではよく見かける鳥でした。

スプリングブッルクの奇跡

ゴールドコーストの近くに世界遺産「ゴンドワナ多雨淋地区」があると行く前に調べてました。その「スプリングブッルクの奇跡」というツアーに参加しました。このツアーはエコツーリズム・オーストラリア協会認定エコガイドの資格をもった日本人の方が案内してくれます。

9人乗りだったかな?小型バスで迎えにきてくれました。その日は5人の参加でした。ゴールドコーストから約一時間、ガイドさんは車を運転しながら、現地の歴史、歴史遺産、エコについて、ずっと喋りっぱなしでした。それがエコガイドに課された仕事なんだそうです。行きは休むことなく説明しないといけないのだとか。みんな寝てましたが。。

上の写真は2300万年前の火山の噴火でできたカルデラの大地のほんの一部です。地平線は南太平洋です。 亜熱帯雨林です。山が青く感じるのはユーカリの発する油分が多い霧のせいだということでした。樹々の4分の3はユーカリです。

ここは背の高い樹々がある場所と低い樹々がある場所があって、この下の樹々は背が高い樹々の場所にありました。木の幹が空洞化してますが生きてます。この中に人間がゆうゆうと立ったまま入れます。

、 

山の上にあって、陽が射し込む場所にある樹々は低い。樹々はやはり南国ですね。でも毒をもつ樹もあり、身体に巻き付く樹もありとのこと。日本では考えられない場所です。それに毒蛇が多く、蟻でも噛まれたらものすごく痛いそうで歩道から外れないようにしてくださいと言われました。

下は樹齢2000年のナンキョクブナです。とにかく時間軸が違うのです。

その後、いくつかある滝の一つ、その滝壺までの一時間半のハイキングをしました。

歩く!歩く!岩場をくぐり抜けて。

滝の中から!

帰りはエコガイドさんの話もなく。。。BGMを流してくれて。けど寝るにはガイドさんの喋りが良かったのに。

それにしても広大な手つかずの原生林、アボリジニが住むことを畏れた山に今は人が住んでいるのには驚きました。毒蛇が多いというのに。。。土地は買うのではなく、住みたい人が建てて良いのだそうです。申請はするんでしょうね。

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