浜松

中田島砂丘

浜松に来てから、3年は過ぎたと思うのだけど、一度も浜松の海に行ってないので、昨日の暖かさに海に向かって自転車で出かけました。とにかく南下すれば辿り着くということで。。。道路標識に中田島砂丘と書いてある。そこに行こう!

最初は意気込んで出かけたけど、主要道路を走るので自転車は歩道やら狭い自転車専用道を走らないと行けない。アップダウンが激しくて、お尻が痛いのなんのって。。。

その上、風がどんどん強くなってきた。「浜松まつり会館」の手前の橋では吹き飛ばされそうになる。おお!なんということ!

さて砂丘の前に着きました。

自転車を松の木に預けて、早速、砂丘に。

海は見えないではないか。まだ先なんだと人が行く方向に進む。

いいね〜。

突然、姿を見せた海は。。

近づくと。。

後ろに引いてしまう。

人を寄せ付けない、近寄りがたい風景でした。

波の音、風の声、砂が走る。砂が当たると痛い!怖くて身が引ける。山陰海岸の海も冬は荒れるけど、こんなに間近で対すると声にならない恐怖を感じました。

近くにゴミの容器があった。これはどこから流れてきたのだろう?但馬の海岸には他の国からの漂流物が大小様々、流れ着くが、ここには生活を感じられるものはこれだけだった。風が強くて遠くに飛んでいってしまうのかなあ?

帰り道、後ろをふりかえると陽が沈みはじめてました。

母さんは

この3週間、腰痛で車を運転するのをできるだけ控えていると、なかなか母のところへ行けなくて。。。行けないまま、いつのまにか日が経ってしまった。悲しい顔をしているかなあって、気にしてましたが、オットどっこい!母はすっかり元気になったらしい。

ケアセンターがとても気に入ってずっとこのまま居ると決めたらしい。楽しく暮らしていると弟から電話があった。ふふっ、彼女の切り替えの早さを忘れていました。そうよ!断ち切りが早いというか、いつも見事だったっけ。

変わらんなあとほっとしました。

自分用のテレビが入り、好きな野球観戦ができれば、何も要らないんだろうと思う。そう言っているらしい。物にも人にも執着しない彼女らしい。まあまあ良かった。

親子なので似ていることもあるけど。。私の方が長く悩む。。。^^;

雲と空

『のんちゃん雲に乗る』という童話、母が読み聞かせてくれた本をふと思い出した。遠い昔のことです。この9階の家に住むようになって、雲がとても身近に感じるようになりました。窓の外を見ると空が広がってます。

私がいつも座っている場所から、今日はこんな夕日でした。

ベランダからはこんな風でした。

穏やかな空でした。

10月の初めのある夕方はこんなでした。

二年前の10月にはこんな日もありました。

同じ日です。どんどん変化しました。

そんな夕暮れ、時間を忘れて見ている時があります。

明日はこんな空だと良いです。

捨てる話

この頃、家の中の整理をしている。兵庫県の但馬地方から浜松に移って、浜松にいることが長くなって3年、こちらでの役目も終わって、そろそろ但馬に帰ろうと思っています。

たまたま千代里さんの『捨てれば入る福ふくそうじ』と近藤麻理恵さんの『人生がときめく片付けの魔法』を読み、そうか!掃除と捨てる作業はシンプル人生のはじまりかと。ときめきをポイントにする捨て方!でした。

が、まだまだ人生という道の先が続いている若いお二人とは少し違う。ある日、突然、その道の先が見え、限りある人生を実感した、その瞬間からの捨てる作業はもっと潔くないと。

長く生きたら、その分だけ、ものも増えます。けど、人生の最期は生まれた時と同じで何も持たずにこの世から消えていくわけです。それまでに自分のものは自分でお別れしないといけない。何も持たずに生まれてきたのだから、真っ白で良いと。

私の母は93歳になります。今は自室があるホームのケアセンターに居ます。自分の身の回りのことはできますが、夜中のトイレに行く時にぼおっとしていて、転んだりするので自室で一人で暮らすことはできないのです。けど、センターに居ると笑顔が暗い、時々、自分の部屋に帰ると別人のようにいい笑い顔になります。自分の居所って、過去に繋がる場であり、ほっとして存在を実感する場なんでしょうね。

良い笑顔でしょう。このままで居てほしいですが。。。母に内緒で公開!(後悔するかなあ?)

自分の家で家族が最期まで看取ってくれる人はそのまま幸せでしょう。けど、最期は病室だったり、施設だったりすることが普通なのかも。そんな時にボケてしまうと言いますね。

だからこそ自分のものや場に固執しないでお別れする必要があるとつくづく思います。捨てるということは心に残すことだと思ってます。その心に残したものも昇華させないと。。。真っ白になれたら、どこでも笑い顔でいられるように思うのです。

そんな終着点に向かって、捨てる作業してます。カチカチとこだわっているわけではなくて、楽しみながらですよ。なかなか捗らないけど。。。溜め込んでいたから。

それはけっして後ろ向きに生きることではなくて、どんどん前に進み、いろいろ吸収し人生を謳歌しながらです。ときめきながら、捨てていくんです!!

 

ぎっくり腰で

今日の浜松は快晴!

もう一週間も腰が痛くて、何もできない。
今日はすこし良くなったのでブログを進めようかと。

この一週間、何もしないで寝ていた。食事は簡単に作ったけど。食っちゃ寝で少し太ってきた。それだけが嬉しい結果である。

何にもしないって、ストレスにはならない。あれもこれもと手を出すクセが抑えられたのは私にとっては良いことなのだが。まったく、よく寝られるものだと感心しながら、寝るきゃないから。というよりも腰が痛いのに織りもできなければ、パソコンも打てない。

うーん|また痛くなった。このパソコンの姿勢が良くないのだろう。

ということで中断を余儀なく。。。

そして今日も暮れた。

病院の待合室で

少し前のこと、三ヶ月に一度の内科受診。
三ヶ月も前の予約で、その後、家族旅行を組んだ時はすっかり忘れてました。旅行中の予約だった。あらら、薬が足りなくなるかもで予約なしの受診となりました。

予約なしは予約の間に入れられるので待つこと3時間弱でした。
待たされるのを承知なので、小さな綴れをしたり、ネットを覗いたりして、ついでに昼食も食堂で済ませて。。。

綴れを織っていると「何をしてるのですか?」と声がかかりました。
「綴れをいう織物なんです。今は織り方をいろいろ試してしているところです」と私。
「うちの母も機織りしていたんですよ。けど、火事で燃えてしまって。いいですね〜。織り!」と
「そうなんですか?。。。」と話してるうちに、
「教えていただけるのですか?私、仕事で洋裁のお店していたんです。病気になってしまってやめたのです。でもこういう手軽にできるのだったら、やれるかも。電話番号教えてください。」と言われました。手仕事が好きな人なんだろうなって。

「いいですよ!もしも、本当にその気になったら、どうぞ!」って。

今朝、電話が鳴って「あの〜、遠州病院で織りのこと…」
「はい。覚えてますよ」
「教えていただけるか?」
「はい。基本的にはOKです」
ということになりました。久しぶりに教えることになりました。