思うこと

コロナ禍で得たもの

 強い雨の日を除いて、ほとんど毎日、散歩してるか、自転車で走っている。始めて半年過ぎた。足や腰の痛みが少なくなって、血圧も安定してる。コロナ禍でできるだけ、他の外出を控えているけど、川の周りを見て過ごすことで退屈なことはない。友人とは電話で話しているし、興味のあることは出かけなくても良い方法でもあるわけだし。

 わからないことがあれば、本やネットで調べたり、FBのグループに入って質問すれば、適切な返事をもらえる。家に居て、退屈なことはない。ただし現地に行くという楽しみは減ったのかもしれない。コロナ禍が収束したら、旅行にも行きたいものだと思う。

 買い物は極力、ネット注文できる宅配を使っている。で、いつも冷蔵庫は一杯になっている。足りない分だけ、近くにスーパーに行き、急いで買い物を済ませている。

 散歩する人は多く、ジョギングやサイクリングも。私は散歩することですっかり水鳥にハマってしまった。最初の頃はさほどでもなかったし、鳥の名前すら知らなかった。

 それが今では朝夕、出かけては何がどこにいたかと確認するのが日課になってしまった。毎日、走りまわる。時に一回の散歩が二時間を超えるようになってしまった。

 この頃は梅雨明けと同時に猛暑になり、長く滞在できなくなりつつあるのだが。。。

 

 

この頃は

 毎日、家の中で過ごしている日々が続いている。最近、織を再開したことが外に出ないで過ごす理由だ。2013年に買ったカナダ製の織り機があって、使わないままになっていた。大きさが家で織るのにちょうど良い。他の織り機に比べると高さが低くいので、家の中で大きく目立たない。

 けど、最後の組み立てをしながら、どう織るのか?と疑問だらけだった。説明書が英語なのでなんとなく理解している状況で、今も完全に解っているとは言えない。

 綜絖のワイヤーヘルドの穴が1cm近い。これは何か太めの物を織るつもりだったのか?と織り機を頼んだ人に連絡すると、何を織るのもそのワイヤーヘルドを使うという。えー!そうなんだ!!

 とにかく今までの常識を越える織り機なのだ。でもウロウロしながら、とにかく織り始めているが、どうもよく解っていない。けど、織れている。

 ずいぶん前から、こうして織っていない。徐々に、忘れることが増える年頃なので、今一度、原点に戻って、学び直しが必要だと思うこの頃だ。

ふるさとという最前線

 この頃、山崎亮さんのYouTubeを見ることが多いです。そもそも彼を知ったのは2011年の東北大震災の後、東京芸術学舎での「ふるさとという最前線」という講義に参加した時でした。イタリア旅行などのスクーリング授業を受けた松井利夫先生が講師だったので久々にお会いできると参加しました。

 この講義は実に面白かった。私は当時、66歳、まだまだ若かった。参加者は東京在住の20~40代の人たちが多かった。震災後、今までの生活に対して、これで良いのか?と感じている人が多く、地方での生き方の模索を考えている人、今の暮らしの中で何を目指せば良いのかと悩んでいる状況の人たちが集まったのだと思う。人数は200人に近かったのではないかと思う。毎年、講義が続いて、10期まであったのかな?たぶん、400人は超える人たちが講義に参加したのだと思います。

 兵庫県仲間で何かしようと言いながら、結局、その後、私は日本にいない日々が続いて、何もできなく、その間に若い仲間たちは今、日本中で活躍してます。

 兵庫県の実家に帰るかどうか悩んでいたけど、東京で建築のリノベーションを始めた人、東京生まれで今は高知県で活躍してる人、こだわった八百屋さんから今は瀬戸内海でリゾート一軒家などを展開してる人、もともと香川大学の先生で今は教授、学生とともに活躍されてます。東北に移住して山形のリンゴ農家に嫁いだ人、今までの仕事をより充実された人などなど、私が一緒に議論した人たちのその後はとても前向きで実に興味深い展開の人たちばかりです。

 それを率いたのが山崎亮さんです。彼の講座は自分が抱える問題をより実行へ向かうように、「話す、聞く、考える、実際に現場で確かめる、人の動きの導線を時間をかけて記録する」などなど、そこに住む人々と話し合って生きた場を作っていく。それを進めることをコミュニケーションデザインと命名したのは彼です。

何冊かの本のうち興味深い一冊

 人が集まるのをデザインするって、何?ですが・・・それを生業にしている人なんです。”造られた後、誰も遊ばない公立の公園、これでいいのか?”から始まったデザインです。

 当時、私は山崎さんの著書を読んだのですが、実感として理解できないまま、年月が経ってしまいました。で、彼のYouTubeチャンネルで「民芸のプロデユーサー吉田璋也」についての話があり、璋也さんは私の父の従兄弟なので懐かしい名前に興味を引かれたので、その話を聞きました。続く民芸関係の話も興味深く、楽しく視聴するようになりました。

 以来、いくつかのYouTubeの話を聞いて、コミュニケーションデザインのことなど、やっと理解できるようになりました。そして彼の対談に登場する人々の実に面白い話、その方々の著書を読む楽しみも増えました。コロナ自粛で家にいることが多いこの頃、自分の中で広がる世界を楽しんでます。

 そうそう、昨年の12月には久々、友人と鳥取民藝美術館も訪れました。写真は吉田翔也の阿弥陀堂から湖山池の展望です。

山崎亮YouTubeチャンネルhttps://www.youtube.com/channel/UCSSZ5Exk8hv7mDTuJKU2hbQ

旅の絵本

 このところ、家に潜んでいる。と、友人が外に誘ってくれた。コロナ時代、狭い場所には行けない。外で過ごす場所を探して、それぞれの車で出かけた。たまたま日曜美術館で安野光雅を取り上げていたので久美浜にある「森の中の家安野光雅館」に行く。

 我が家から久美浜に行く時は夜久野峠を越えて行くことが多いし、ナビもその道を案内するので久々に峠を越す。以前はジグザクと山に沿って、曲がりくねった道でがけ崩れの後を気にしながら走った。なんと谷をゆったりとカーブしながら降りて行ける新しい道になっていた。その前後は以前と変わらないけど、走りやすくなっていた。

 1時間ほどで着いた。ここは何度か、訪れている。友人たちは豊岡なので近くて、すでに着いたいた。レストランの外の椅子に座っているマスクで顔を覆った怪しげなふたりと合流。

 安野光雅館に入ると鑑賞する人が思ったよりも多い。一枚の絵の中に潜む多くの動物を探すという企画もあり、絵の前で盛り上がっているし、私たちも探す。30年以上前に「旅の絵本」を買って以来、安野光雅のファンなので、その頃の子どもたちとの会話を思い出す。旅人を探したり、神話や童話、聖書、などなどの一場面を見つけることが面白く、夢中になって、絵の世界に入り込んだものだ。

 たぶん、「旅の絵本」のⅣまでは読んだと思う。Ⅴはどうだったか、覚えていない。で、ⅤとⅥ、Ⅷを買った。「旅の絵本」その2枚目をめくると、Ⅴはスペインのカダケス、Ⅵはデンマークのスケーエン、Ⅷは日本という。それが下の写真。

 旅人は小舟から浜に上陸して、その国を旅して行く。デンマークと日本の浜の様子は他の本でも同じような小さな村に着いて、そこから物語は展開していく。スペインのカダケスは村ではなく町なんだと思った。もちろん、波止場は町(街)が多いからね〜

 例えば、フィジーのスバもそうだった。けど、大きな船が着く港。

 この大きな船の港の近くでは仕事に行く人や物を運ぶ人たちの船が行き交っている。船着場の周りには人々が集っている。

「旅の絵本」の旅人が上陸する浜は小さな村や町がいいな!

フィジーだったら、こんなところかな。

 スペインのカダケスの町の雰囲気は人の声が聞こえて来るようで、懐かしさを感じて、いいね〜

 などなどと勝手な感想を述べながら、実は楽しんでいるわけで・・・

 その後、レストランでランチ、庭のテーブルで2時間ほど、おしゃべりしてから、時間をかけて徐々に造られている森を歩いた。いつの日か、ゆっくりと散策できる森の公園になるだろうねと話しながら。。。

 そして、それぞれの家に向かって帰る。山の中ばかりを走った。雪がすっかり消えていて、暖かで春!?と勘違いする日だった。

 

目標!

 最近、家にこもることが多くて、時にスッピンで過ごす日が多い。マスクをして、メガネをかけているとそれで良いと思ってしまう。

 けど、それが老化を進めていることに気づいた。鏡を見て、皺だらけの顔に愕然とした。旦那が75歳過ぎた時、それまでは10歳は若く見えたのに、痩せたこともあって、皺がどんどん増えて、急激に10歳以上、歳をとってしまった。で、彼曰く、あんたも75歳過ぎたら、こうなるよ!って、今年、78歳、そのとおりになってきたじゃない!

 鏡の中に見つけるのは母!母ほど優しい顔ではないけど・・・

 82歳、こんな笑顔の人になりたい!!

 そう思って、規則正しく、真面目にお手入れすることにしましたが、たぶん母の心には近づけないでしょうね。

謹賀新年 2021年

 2021年、明けました。ようこそ我が家に!!

 今年も昨年に引き続いて、全人類が新型コロナの脅威にふりまわされてますね。なかなか先が見えない年明けになりました。経済が立ちゆかないという不安があって、多くの人が仕事を失って住むところがなくなるとか、悲しいことが続いてます。そんな年明けです。

 なんだろう?世の中が妙に騒々しい。ツイッターやFB、lineなど、遠くの人とでも簡単に話したり連絡できるようになって、良いこと、良くないこと、時に危険なことが増えてますね〜

 これから、どこに行くのか?どうなるのか?全く私の想像の域を超えてます。

 その中で私の生活は以前に比べると落ち着いているのかもしれないです。

 10年前までは織三昧でしたが、その後、ゆっくりと座って織をする時間のない日々が続き、今、なんとか出来る状態になっても織る体制を元に戻すことが出来ないでいます。

 気づいたら、すでに77歳、以前はお腹を締めていたのに、今はすぐに緩めてしまって、気づくとお腹の弛みが現れました。これでは脊椎間狭窄症に良くないと慌てて、運動を再開する。と、それだけで充分な時間を過ごしてしまう。やはり若くはない!!というのが実感です。

 まあ、なんというか、そういう落ち着きなんですが。。。

 それでも今年は”織をする”という目標を立てて、新年を迎えています。

                               2021年元旦 

 

健忘症

 えっ!そんな・・・(絶句)

 TVのドラマ「すぐ死ぬんだから」を観て、面白いとKindleで本を購入、深夜を徹して読み切って、友人に「面白いよ」って、SMSしたら、「私も観たよ!借りてるその本を返してないことを思い出したわ」って、なに?「それって内館さんのよね?」「そうそう前に面白いからって貸してくれたじゃない」・・・

 全く記憶から飛んでるし、内容も覚えてなかった?!わけで。。その上、面白いからって、本を貸してるなんて!!

 私が読んで想像した世界とドラマでの展開の違いかなあ?

 健忘症が進んでる!!

 そういえば、人の名前を覚えるのがもともと不得意だったけど、この頃、よく知ってる人の名前が出てこない。「えーと誰だっけ、ほら、・・・な人」と他の人に助けを求めて、やっとたどり着いたりする。

 有名な人の名前の場合はGoogleで特徴をいろいろと入れて、見つけるなどなど・・(悲)

 最もまずいのは漢字を書こうとするとぼうっと形が見えるけど、書けない。

 たぶん大丈夫か?と医者にかかると「仕方がないですよ。老人性健忘症が進んでるわけだから」と言われるんだろうなって。(泣)

もうすぐ収穫

 ということで漢字検定のアプリを入れて、どの程度、忘れているのか、小学5年生からトレーニング挑戦中です。5年生は楽勝!読みに関しては高校在学レベルまで来てるけど・・

 けど、ゲームですからね〜 こういうのに嵌ると終わりがなくて、まずい!!

 

この頃は

 

 暑い日が続きます。お盆を過ぎても。涼しくなる様子もなく、コロナ感染を避けて、外に出ないで過ごすのは皆、ストレスになっているかもしれない。

 私はというと、このところ、過ごし方が変わってきてる。夜、寝るのは日がまわった深夜になってしまうので、朝、起きるのが遅い。

 散歩に行く時間は夕方になる。まだ暑いし、ここは田舎なのに木陰が少ないので、買い物がてらに自転車に乗ることが多い。ただし最近は日没が18時半過ぎになってきてる。暗くなる前には帰って来たい。

 家でふと見上げると照明のカサの埃が気になって掃除したり、冷蔵庫を開ける時、気になっている汚れを掃除したりと、意外とすることがあるものです。

 もちろん、それらはついでにしてるんだけど・・

 このところ、私の一日は朝晩の庭の水やり、何冊かの本を読むこと。読みながら、音楽を聴く。そして筋力が落ちないように適度な運動をする。それだけで1日が過ぎていく。

 なんとなくだけど、ちょっと何かが足りないような・・・

 

薔薇の話

 ある日、花屋の前を通った。そう言えば薔薇の花を飾りたいと思っていたことを思い出して花屋に入る。母の日の準備で忙しく働いている花屋さんでしたが。「薔薇の花をください」と言うと、「薔薇ですね」といくつかの薔薇の花を指して「どれにしますか?」と聞かれたので「香りの良い花がいいです。」と応えた。

 ところがガラスケースの薔薇の匂いを嗅ぎながらの「香りのあるのはないですね」と言うのです。確かにどの花も匂いはない。仕方がないので、それでもいくつか買って帰りました。

 花を生けながら、あれ!と思ったのです。薔薇=棘、という、あの茎を持った時の痛みが全くなかったのです。そういえば棘はどうなの?と茎を見て、どこにあったっけと探すのだけど…どの花にも棘がなかったのです。なんとなく気抜けしてしまいました。

 せめて香りは残してほしかった!!

香りがある薔薇を求めたい!

手紙

日本から、手紙が届いた。久しぶりに読む手紙。
昨年、亡くなった友人を偲んで4月3日に昔の仕事仲間が集まったのですが、
私はニュージーランドに居て参加できなかったのです。企画した友人が写真
を同封してくれました。

もう45年ほど昔の仲間ですが、10年ほどの間隔で集まってます。

仲間と言っても私たちを導いてこられた先生と奥様、もう一人、小児精神
科医の先生、どちらも最も尊敬する方々です。も、参加されてます。遠い昔に
なりましたが、大学を卒業して初めて仕事をした場所でしたが、大切なこ
との基本を教えていただきました。そこは私にとっては学びの場でした。

偲ぶ会、写真の友人は凛として素敵でした。大学時代からの親しい友人でした。
うんと長い彼女との年月を思いだします。それなのに、私は彼女が病気になって
以来、いろんなことが重なって会うこともなく、彼女との最期のお別れにもニュ
ージーランドに居て、それを知った時、すでに一週間過ぎてました。

闘病は辛いけど、必ず治るって信じているの!と電話で話してくれた彼女だった。

写真の彼女はこちらをじっと見つめてます。ああ、会えないんだなあ!と思う。。
でも、そのうち私も行くからね!って、言える歳になった…思うのです。

もう一枚の写真は偲ぶ会に参加された全員が写っているものでした。
みんな「変わらないわね〜」と言いあったそうですが…
写真のみんなはすっかり歳を重ねてます。きっと実際に会ったら、声とか雰囲気とか、
醸し出すものが変わらないのでしょうね。

私も会いたかったです。私が日本に帰ったら、また集まりましょうと、
言って下さったみたいで…楽しみが増えましたが…