カレー三昧
着いた日の遅めの昼食はこの家の近く、Northcoteのフードコートにあるカレー屋さんにしました。三種類のカレーがかけてあります。一皿が一人分です。私は手前、ベジタブルとチキンを二種類で選びました。日本円で800円ほどです。パンは中国人のパン屋さんで買った揚げパンです。このカレー、量が多くて、結局、残しました。
この二ヶ月、息子と孫二人の暮らしが長く、部屋の中の片付いていないところをすっきりとするのに3日、かかりました。昨晩、水曜日、Takapunaのハーストミア・ロードにあるカレー屋さんに行きました。ここは月〜水の夕食のカレー(魚以外)が10ドルなんです。ので、よく行く店です。
カレー三種類とナンを注文しました。ライスのおかわりありです。ランチだったらナンもついてきますが夕食は有料です。
私が頼んだチキンマサラーです。
子供用のバターチキンです。
息子が頼んだ辛いチキンのカレーです。名前はわかりません。
ここのは美味しいです。子ども達も大好きです。
何故か、オークランドに居るとカレーを食べることが多いのです。
で。。。。
家でもカレーを作ってしまうのが、、、、子どもがよく食べてくれるので。
今日の私の昼食は家で作った夕食のカレーの残りです。日本風なカレー!それは具にあります。カレー屋さんのカレーは基本的にチキンだとチキンだけ、野菜だと野菜だけという風にお肉と魚、野菜が一緒ではないのです。それにカレールーは使われません。これは正真正銘、日本のカレールーで作りました。(^^;;
ニュージーランドらしい食事って、何だろう?と思います。
私はこれだよ!って言えないです。
コッテリしたお肉料理は食べないし…からなのかな?
子どもの成長
6月に帰国してから、3ヶ月の間に、二人の孫の成長が著しいのです。一人は5歳、一人は4歳です。
ニュージーランドでは5歳の誕生日を迎えると小学校に行くことになります。日本と違うのは5歳の誕生日を迎えると次の日から行くことができるのです。11月の末の誕生日の孫はここに越した二月から行き始めました。彼は最初、日本語が基本にあるのでかなり苦戦をしました。
けど、学校が取り入れているネットでの学習や公文で英語と算数は目覚ましく伸びました。今回、会って、その英語力に驚きました。学校では特別に英語の先生がついて指導されているそうで読むのも話すのも格段の進歩になってます。初めての単語をアルファベットを見て、発音するのがすごいと思います。
家での子ども達の会話は英語の方が意思を伝えやすくなっているのです。
4歳になる孫娘は言葉の覚え始めがわずかに日本語、主流が英語なので英語の方が楽みたいです。そして日本語があやしくなってきてます。「おばあちゃん」という発音が外国人なんですよ。二人とも日本語学校に通っているのですが日本の子達のようには追いつかないです。言葉の刺激がないので仕方がないのですが。
こちらの子ども達は外でよく遊びます。遊具も充実していて、身体を使うことが多く、自然に筋力がついてます。ですから、平均的に日本の子ども達よりも体力があると思います。前回に遊べなかった遊具を使いこなす孫たちにびっくりしました。5歳の孫はうんていにぶら下がりながら移動できるようになりました。
綱を使ってのクライミングです。
不安定な遊具にのってバランスをとりながら移動できてます。
スクーターに乗ってます。
孫娘はロッククライミングをしてます。
スクーターはまだ乗れないけど、走ることができます。
妹が転んだら、おにいちゃんが助けに行きました。喧嘩もしょっちゅうですが、仲も良いです。
心身ともに成長してます。
この国に居ると日本人としての苦労も子どもなりにありますが、子ども達は新しいことをどんどん吸収して、逞しくなっていってます。楽しそうな笑い声や笑顔を見ていると大人も嬉しくなります。大人は元気をもらっているのですね!
和田山〜ニュージーランド
9月13日、和田山を出発しました。晴天、秋になったと感じる朝でした。
プラットフォームから見える機関庫、久々の青い空、白い雲が刻々と変化してました。
車窓からの景色、刈り取られた田んぼがそこここに見られました。
今は稲刈りが早くなって、もう少しすると晩秋の田んぼになってしまうのでしょうね。
亀岡を出て「次は二条駅」というアナウンスがあり、トンネルに入ったばかりなのに一組の老夫婦が席を立たれて乗降口に行かれました。乗降口付近に立つと自動ドアが開いたままになってしまうのでご主人の方が手動で閉められました。
と、トイレに行こうとした人が自動ドアの前で待っても開かないのです。しかたなく手動で開けると今度は閉まらない。。。
そこに車掌さんがやってきて、いろいろ操作をされるのですが、どうにもならなくて。結局、京都駅まで解放状態でした。私、この山陰線をかなり頻繁に利用してますがこれは初めてでした。何でも便利になって、手を使わなくても良い時代になって、その当たり前が当たり前ではないのが可笑しくて、写真を撮ってしまいました。
その後、新幹線に乗り換えて、品川経由で成田空港に向かいました。前の晩、行く準備であまり寝てなくて、新幹線、成田エクスプレスではほとんど寝てました。6時間かけて成田空港に。ここまで遠いです。
空港では荷物の点検以外に特に何もすることもないし、搭乗手続きなどしてゲートに向かいました。そこでメールしたり、電話連絡したりして。。。
飛行機に乗るとなかなか動かない。
同じ時間帯に20機以上の離陸があるというアナウンスで一時間、待たされました。いつものことではないのかなあ?
離陸するとまずは夕食、その後は就寝、そして朝食でした。私はいつものように映画を一本観ました。
乗ること10時間。到着予定時刻10分遅れで着きました。最短時間です。和田山からだと待ち時間を会わせて20時間です。けど迎えの息子がなかなか現れず、30分以上待たされました。
板谷波山展
急にニュージーランド行きが決まって、毎日、あれこれしないといけないことばかり。
今年は秋まで日本にいるつもりだったから、親しい友人に会うのはもう少し後で、なんて思っていたので、あらら、会えないのは寂しいな。ということで友人達に声をかけました。そんなわけで忙しい日々の中で時間を作って会いました。
先日はオークヤード経由神子畑に行きました。
昨日は兵庫陶芸美術館に。どちらも気がおけない友人達です。
さて、「板谷波山」の陶芸を観たのははじめてでした。近代陶芸先駆者と言われている。。。そうです。
ピンクとブルーの色使いがなんとも優しく美しいのです。
時に透き徹るような、時に大胆な構図、要らないものを削ぎ落としたシンプルな表現、、、感動しました。
ひとつの作法にこだわらず、いろんな作法に挑戦していく。。そこに微動だにしないものがあって、どこまでいっても波山なんです。とにかく凄いんですよ!!なんというか、心が豊かになるというのか、心が洗われるというのか、美しいのです。深くて、優しくて、力強くて。
私は波山!に心を奪われました。
11月30日まです。ぜひお出かけください。お勧めします!!
兵庫県篠山市にあります。
http://www.mcart.jp
神子畑
いつもの気がおけない友人達と朝来のオークヤードでランチをした後、神子畑選鉱所跡に案内した。この10年の間に一度、桜のシーズンに訪れたかな?という不確かな記憶なんだけど。
かって選鉱所が稼働していた時代は多くの人々が働き、とても賑やかで活気のある場所だった。それにしても今は人が訪れることがあるのだろうか?
建物の基礎構造物とインクラインの線路が残る。
巨大なシックナーも。
そして明治5年に建てられ、神子畑に移築されたムーセ旧居だけが美しく残っている。
ここだけは今もここを訪れる人のためにボランティアの方がいて選鉱所について説明される。
2004年に建物が撤去されたのだが、その年の4月に但馬学研究会はここを訪れて、選鉱所についてお話を聞いている。
その時はまだ建物が残っていた。今回とは写した位置が正面右側でシックナーの後方になっているがこんなだった。
インクライン周辺は。。。
この時はすでに使われることのない建物だったわけだけど、どこかに人の気配を感じるものがあった。
それが撤去され、今残る基礎構造物、そこに人の気配はなく。。。
それだけ見た友人達はこれは何?不思議なものでしかないコンクリートの巨大な構造物。
10年という月日が経つとこんなに風化してしまうのだというのが実感だった。
ブルーベリー
我が家の庭には5本のブルーベリーが植えられてます。
昨年はこの庭は野菜畑にするつもりでしたが、日本に居ない日が多すぎて雑草だらけになってしまいました。そんなわけで畑で野菜を作るという夢は潰えました。で、小さな庭ですが、少しでも食べられる実がなる木があると良いと思って、ブルーベリーを植えたのです。
赤く紅葉したブルーベリーと白い雪。。。
季節が変わりブルーベリーに実がついた。けど、まだ植えたばかりなので実がついたのは一本だけでした。
ある日、その葉に羽を休めていたのはハグロトンボ。
石の臼の水瓶が。。ハグロトンボのエリアのようで一週間以上、庭のどこかに棲んでました。
そして実が熟し始めた時、風もないのに葉が動いている。
何かしら?と。。。よく見ると。メジロでした。
あらら、鳥たちはちゃんと見逃さない。
この鳥はきっと、もう何年も家の近くにいるイソヒヨドリだと思うのだけど、逃げ足が早くて、なかなか撮れない。窓越しでピントが合わなくて。
歌いながらやってきて、水盤で水浴びをしたり。。。こちらの目を気にしながら、けっこう余裕な鳥なんです。天候が悪い日が続いていて、、、最近、やってこないような。
今はすっかりまばらになったブルーベリーの実。
明日はちょっとだけ収穫するかな。
そして来年はどの木もたくさん実がつくことを期待しよう!!
円形の使い方
浜松駅前のバス乗り場と送迎エリア、どちらも円形を上手く使っていると思うのです。
バスは円形の中に15の乗り場があります。降りるのはその乗り場であったり、全く違う場所だったりします。浜松駅行きのバスは全て、ここで降車します。その後、回送になるバスは人が降りると速やかに去っていきます。
バスレーンは三車線になっており、もっとも内側に乗降用、その次のレーンは走行用、最も外側に時間待ちのバスが止まっています。(上の写真、時間待ちのバスが奥に停まり、手前に乗降するバスが、間は走行用です)
それらが上手く循環しているのです。バスは出たり入ったりしながら、実に効率よく運行されています。
浜松では街中を走るのは遠鉄電車が路線一本だけで、もちろん地下鉄もないですから、バスが大きな交通機関です。京都でもそうですが、バスは乗り馴れると便利なものですね。
さて、浜松駅では自家用車の送迎用のレーンがあります。レーンに入った車は基本的にこのように途中から円形を利用して二車線になります。迎え待ちの車は円形の外側に停車して待ちます。内側は走行するための場所です。たまに混んで走行の場所に停まられてしまうと流れていかなくなってしまうということが起きますが、普段はスムースに使えています。
円形の道路と言えば、NZのラウンド・アバウトの道もなかなか使いやすいです。
進入する時(右)と出る場合(左)のウインカーの出し方を間違えなければ。。(日本では進入する時、左のウインカーを出します。これをNZでやってしまうと危険です。)
そうそう日本でもラウンド・アバウト、導入されるようですね〜
この駅前周辺は私の生活エリアだっただけに、この眺めを見ているとなんとなく落ち着きます。
山陰線の車窓から
いつもよりも早く起きて、始発の特急、新大阪行きに乗る。
6:16分発。
昨晩、遅かったので、まだ眠い…
ちょっと早く駅についてしまいました。
この時刻、浜のおばさんの店だけに灯りが…
駅の構内の機関庫はまだなんとか原型を保っています。
ここに来るとこの建物は和田山駅の象徴だと思います。
向こうに並んでいる白い建物も国鉄の宿舎だったそうです。今は無人。。。
特急の車窓から見える黄色い田、初秋ですね〜。ところどころ稲刈りが終わっている田が見えました。
のどか、のどか。
福知山で京都行きに乗り換え。でもホーム手前から連結作業が始まって。。
ちょいと隣を見ると洗車したのはいつ?と思われる宮津線の車両が停ってました。
これ、現役なんですよ!さっきまで通勤、通学の人達を乗せて走ってました。
乗り換えて。。。
6:56分発、京都行きの特急に。
綾部を過ぎると、木々や草が線路キリキリに迫っている区間がほとんど。
木々の合間に見える風景はいつも心ひかれます。立ち止まって、じっくりと見たいと思う。
が、矢のように過ぎていく。
しかし突然、現われたのは異様な光景だった。
この道ができると本当に良いのだろうか?と、ふと思ったりして。。
山裾なんだけど、豊かな田園風景があって、考えたら線路に近い場所はけっして不便なことはないのかもしれない。
いつもの風景なんだけど、ちょっと見方を変えると気づかなかったことを見せてくれる。
そんなことを考えながら。。。
8:21分、京都着。
うん!この時間に着くのだったら、大学に通うのに間に合う。
以前のように前泊しなくても良いと。
なんて今は関係ないけどね〜
新幹線のホームに。。。。
花火大会
ここ和田山では毎年、地蔵盆の8月23日に花火大会「地蔵祭り」が開催されている。そんなに規模が大きいわけではないけど、地区別に趣向のある飾り物とかを作って飾る。お地蔵さんがあちこちで祀られ、その道筋に屋台が並んで一日だけの賑やかさとなる。そしてそれぞれの地区の夏の踊りが町を練り踊って披露されるのです。
私がこの地にはじめて来た時は地蔵盆という行事がよく分らなかった。岐阜でも東京でも横浜でもそれはなかったから。ただ、どういうわけか、美濃太田のお盆は23日〜25日(今は13日〜15日)だった。
和田山町の花火大会が23日。この地域では隣町の花火大会とダブらないように行われている。隣町の花火大会に雨が降ったから、うちの町の花火大会は降らないだろう?!なんて話があったりして。。。??
まあまあ昔は娯楽が少なかったから、けっこう花火大会を楽しみにしていたのです。いつもの人口の数倍の賑わいになる和田山の地蔵祭りにはその日だけの臨時列車が運行されていた時もありました。
さて、今年の地蔵祭りは今までにない小規模なものになりました。
我が家は駅前地区になります。今まで毎年、その日は朝からテキ屋さんが大きなトラックで乗りつけ、どんどん屋台の道具を下ろしていくので道幅が狭くなり、車で通り抜けるのもキビシい状況になる。正午になると駅前の道(旧9号線)は通行止めになり、車の出入りを禁止します。自分の家があろうとなかろうと花火が終わる23時頃までは進入できなくなるのです。
今年はどういうわけか、旧9号線の通行止めがない。歩行者天国ではなかったのです。
昼の地蔵祭りの踊りやパレードはどうだったか、私はその時間帯、他の行事があったので知らないのですが。。車で18時頃に帰った時、通行止めがないのでガレージに入れることができました。駅前地区はいつもの比べると屋台もなく閑散としてました。結局、テキ屋さんは来なかったのではないかと思ってます。
19時半、花火の音が始まったのでいつもの場所に家族で行きました。
駅前は旧9号線に並行して、山陰線と播但線の線路が走ってます。線路側の家々の間を抜けるとJRの敷地、そこは今、駐車場として利用されている。その先は線路以外には何もない。線路の先の住宅地を挟んで円山川が並行してます。その河原から花火が打ち上げられるのです。花火を観るには適当な距離なんです。
花火の規模は小さかったけど。。。
やはり夏は花火ですね!
花火が終わるといつもと同じ地蔵祭りを期待して集まった人々が”歩行者天国ではない”旧9号線”の道幅一杯に歩く。パトカーが「車が通るから歩道を歩いてください」と警告し、パトカーが過ぎるとまた人が道路に。。車がそろそろ走る。。その繰り返しでした。危険でした。
人々が残したゴミが。。。
ワッペンをつけて町を巡回する人々が。。。
祭りはこうして解体していくのでしょうか?
それとも新しく変わろうとしているのでしょうか?
小さな町の花火大会はこれからどうなっていくのでしょう。



























































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