花火大会

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(2014年撮影)

ここ和田山では毎年、地蔵盆の8月23日に花火大会「地蔵祭り」が開催されている。そんなに規模が大きいわけではないけど、地区別に趣向のある飾り物とかを作って飾る。お地蔵さんがあちこちで祀られ、その道筋に屋台が並んで一日だけの賑やかさとなる。そしてそれぞれの地区の夏の踊りが町を練り踊って披露されるのです。

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(2007年撮影)

私がこの地にはじめて来た時は地蔵盆という行事がよく分らなかった。岐阜でも東京でも横浜でもそれはなかったから。ただ、どういうわけか、美濃太田のお盆は23日〜25日(今は13日〜15日)だった。

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和田山町の花火大会が23日。この地域では隣町の花火大会とダブらないように行われている。隣町の花火大会に雨が降ったから、うちの町の花火大会は降らないだろう?!なんて話があったりして。。。??

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まあまあ昔は娯楽が少なかったから、けっこう花火大会を楽しみにしていたのです。いつもの人口の数倍の賑わいになる和田山の地蔵祭りにはその日だけの臨時列車が運行されていた時もありました。

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さて、今年の地蔵祭りは今までにない小規模なものになりました。

我が家は駅前地区になります。今まで毎年、その日は朝からテキ屋さんが大きなトラックで乗りつけ、どんどん屋台の道具を下ろしていくので道幅が狭くなり、車で通り抜けるのもキビシい状況になる。正午になると駅前の道(旧9号線)は通行止めになり、車の出入りを禁止します。自分の家があろうとなかろうと花火が終わる23時頃までは進入できなくなるのです。

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今年はどういうわけか、旧9号線の通行止めがない。歩行者天国ではなかったのです。

昼の地蔵祭りの踊りやパレードはどうだったか、私はその時間帯、他の行事があったので知らないのですが。。車で18時頃に帰った時、通行止めがないのでガレージに入れることができました。駅前地区はいつもの比べると屋台もなく閑散としてました。結局、テキ屋さんは来なかったのではないかと思ってます。

19時半、花火の音が始まったのでいつもの場所に家族で行きました。

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(2004年撮影)

駅前は旧9号線に並行して、山陰線と播但線の線路が走ってます。線路側の家々の間を抜けるとJRの敷地、そこは今、駐車場として利用されている。その先は線路以外には何もない。線路の先の住宅地を挟んで円山川が並行してます。その河原から花火が打ち上げられるのです。花火を観るには適当な距離なんです。

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(2014年撮影)

花火の規模は小さかったけど。。。
やはり夏は花火ですね!

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花火が終わるといつもと同じ地蔵祭りを期待して集まった人々が”歩行者天国ではない”旧9号線”の道幅一杯に歩く。パトカーが「車が通るから歩道を歩いてください」と警告し、パトカーが過ぎるとまた人が道路に。。車がそろそろ走る。。その繰り返しでした。危険でした。

人々が残したゴミが。。。
ワッペンをつけて町を巡回する人々が。。。
祭りはこうして解体していくのでしょうか?
それとも新しく変わろうとしているのでしょうか?

小さな町の花火大会はこれからどうなっていくのでしょう。

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